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室伏広治 メダル逃す

どうも実戦不足は否めなかったようです。
日本選手権以来今季2戦目となる1投目。
夜空に放たれた鉄球は、室伏広治の投擲とは思えない放物線を描いた。
左にそれて高度もない。

73メートル11

表情が曇る。
2投目。
スタジアムからわき起こった拍手。
ターンを安定させたことで77メートル25をマーク。
決勝進出条件(77メートル)はクリアしたものの
表情に笑顔はなかった。

「1投目は技術的に少しミスがありました。
徐々に試合に慣れていけば大丈夫でしょう。
予選は通ることが第一ですから」。
そうコメントする室伏広治

ホスト国の顔として臨む今大会。
プレッシャーは人一倍でしょう。
中京大大学院での博士号取得に向けた論文作成にも追われ
十分に練習を積めない時期もあったことだし。

特筆すべきはライバルたちが例年以上に強力だということ。
前回銀のデビャトフスキー(ベラルーシ)の82m94を筆頭に
9人が今季80mの大台を超えている。
室伏広治が日本選手権でマークした79m24は今季11位。
それでも五輪王者として臨む室伏に課せられた期待大きい。
わき起こった歓声がその証でしょう。

しかし残念ながら・・・・。
アテネ五輪金メダリストの室伏広治。
80m46で6位に終わりました。


室伏広治もスゴかったけど、周りもスゴかった。


世界の鉄人 室伏広治

世界の鉄人 室伏広治

アテネ五輪男子ハンマー投げで 投てき種目史上初金メダルを獲得。

翌2005年は充電期間に充て06年は8戦して全勝。
屈強な海外のライバルたちを確実に抑えた。
大阪では世界陸上一般種目初の金メダルが期待されている。

10歳の頃。
3日間、父・重信氏(アジア大会5連勝。当時日本記録保持者)の指導を受け、
ターンの正しい感覚を身につける。
中学3年時にウエイトトレーニングを始めるが
ここでも「正しい型」を教わったという。
高校で本格的にハンマー投を始め、インターハイは2連勝。
高校記録(5.44kg=当時の高校生用重量)を6試合で11回更新。

高校時代は「寝ていても成長できた時期だった」と室伏広治
自分に厳しいコメント。
父親に反発したことも。
しかし、
室伏重信の息子として生まれてきて
・父親がコーチであることを運命だと受け止められた
このことを理解し、重信氏を受け入れられた。
重信氏曰く、室伏広治の技術に対する理解度向上があったからだと。

大学2年時の1994年以降、日本選手間では無敗が続いている。
1998年には重信氏の日本記録を更新。
「父のやってきたことを受け継ぎ、発展させていくのが自分の仕事。
国際レベルに進むためのステップが、父親の日本記録でした」
室伏広治はコメント。


2000年には80mを突破。
シドニー五輪は9位とふるわなかったが
翌2001年 世界陸上エドモントン大会で銀メダル獲得。
高速ターンを武器に世界の一線に進出。

父親譲りの回転スピードと独自の技術。
これは室伏広治の“型”として変わらないが
海外のコーチや選手との交流も活発に行っている。
海外合宿を繰り返して刺激を得る。
それを持ち帰って母校の中京大で投げ込む。
そのスタイルが機能して、
・世界歴代5位の84m86
・世界陸上とオリンピックで3個のメダル獲得
室伏広治は世界に君臨するハンマー投選手となっている。

室伏広治 競技経歴

幼少時より英才教育を施され天賦の才能を発揮。
成田高校進学後よりハンマー投げに取り組む。
当時からほかの選手とは別次元の投てきを連発。

日本高校新記録樹立。

中京大学進学後、父の室伏重信のコーチングを受けて、ますます競技力を増強。
日本学生新記録・日本ジュニア新記録樹立。

1994年 広島アジア大会準優勝。銀メダル獲得。
1998年 群馬リレーカーニバルで父:室伏重信の日本記録を破る。
バンコクアジア大会では世界的な強豪・アブドゥヴァリエフを破り優勝
2000年 シドニーオリンピック。メダル候補と目されながらも9位に。
2001年 世界陸上での銀メダル、アジア大会2連覇を経て、
2003年プラハ国際で当時現役選手では最高となる
世界歴代3位:84m86のアジア新記録を樹立。
(上位2つは1980年代の記録)

万全の状態で臨んだ2004年のアテネオリンピック 。
82m91cmの記録を残し2位に。
しかし83m19cmの記録で1位となっていたハンガリーの
アドリアン・アヌシュにドーピング疑惑が浮上。
アヌシュはアテネオリンピック最終日の8月29日ドーピング違反で
失格処分となり金メダルを剥奪。
結果銀メダルだった室伏広治が繰上がり
投擲種目で日本人初のオリンピック金メダリストとなる。

2005年 ヘルシンキ世界選手権。体調不良で欠場。
その後も体調が回復しない為試合への出場は遠ざかる。

約1年ぶりの復帰戦となった2006年5月29日 
ゴールデンスパイク(オストラバ)と同年6月5日のプラハ国際。
今までのイメージを覆す丸刈りと髭面で試合に臨む。
ゴールデンスパイクでは79m82cm
プラハ国際では79m5cmでいずれも優勝

2006年7月21日 フィンランドで行われたフィンランド選手権に参加。
5投目に80m14cmの記録をマークし参加選手最高となる。

2006年7月26日 ヘルシンキ・グランプリ。
5投目に81m77cmをマークして優勝

2006年9月10日 シュツットガルトで行われたワールド・アスレチック・ファイナル。
ベラルーシのイワン・チホンを30cm差で下す81m42cmをマーク。優勝

2006年9月16日 アテネワールドカップ。今季自己最高の82m01cmをマーク。優勝

室伏広治 ハンマー投げ

室伏 広治

(むろふし こうじ、1974年10月8日 )
男子ハンマー投げ選手

2004年アテネオリンピック 男子ハンマー投げ金メダリスト

身長187cm。
体重99kg。
握力98kg。
⇒すごすぎる・・・。
K1選手にもこんな人いるのかな。。

血液型 A型
静岡県沼津市出身
愛知県豊田市立東保見小学校
愛知県保見中学校
千葉県・成田高等学校
中京大学
現在はミズノ所属
(同時に中京大学大学院に研究生として在学中)

父親はかつて
・日本選手権12回制覇
・アジア大会5連覇
を達成して「アジアの鉄人」と呼ばれた室伏重信
(前日本記録保持者。現在は中京大学体育学部教授)


母親はオリンピック槍投げルーマニア代表の
Serafina Moritz (後年父との離婚により生別)

妹は
・アテネ五輪女子ハンマー投げ代表
・女子円盤投げ日本記録保持者
の室伏由佳。


室伏広治は日本で知名度も入れて

総合的に一番優れたアスリート

と賛同を受けている。

そんな室伏広治さん出演のCM動画
室伏広治さんのハンマー投げが見れます。
あらあら、地球を投げちゃって・・・。

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